M&Aのスキーム(手法)には、会社法上の組織再編行為である「合併」や「会社分割」とや、会社の取引行為の一環として行われる「株式譲渡」などいろいろなものがあり、目的に合わせて使い分けられています。そして、現在中小企業のM&Aで最も利用されているのが「株式譲渡」です。「株式譲渡」のプロセスは、以下のような流れで進められます。

M&Aアドバイザーなどとの相談・FA(ファイナンシャル・アドバイザー)契約
ノンネームシート、IM(インフォメーション・メモランダム)などの開示情報の作成
相手候補探し
トップ面談・交渉
意向表明・基本合意契約
デューデリジェンス(DD)
最終譲渡契約
クロージング(決済)

 そしてこれらのプロセスは、基本合意契約を境にして、その性質が大きく分かれます。売手側企業が中心になってプロセスを進める基本合意契約までの前半部分と、買手側企業が優位になる基本合意契約後からクロージング (決済)に至るまでの後半です。そして、前半のプロセスの中で最も重要なものが、売手側・買手側企業の双方トップによる面談・交渉です。大企業同士の交渉では、激しく双方の利害がぶつかり合いますが、中小企業におけるM&Aでのトップ面談・交渉では、そのような過激なものはほとんどありません。
 というのも売手側企業と買手側企業の間に、M&Aアドバイザーなどが入り、双方の希望を聞きながら適当なところで折り合い「win-win」の関係になるように尽力するからです。中小企業や小規模事業者のM&Aでは、こうした友好的な交渉がほとんどなのです。
 このような中小企業などのM&Aの友好的トップ面談・交渉を進めていく中で、注意すべき点は何かということを中心に解説します。

会社売却の交渉中になすべきこと

 M&Aの交渉を進める中で役立つものとして、「関係性の重要性」と「交渉の重要性」という2つの軸からなる2次元マトリックスによるビジネス交渉のアプローチがあります。
 M&Aを含め、ビジネス交渉を進めていく中で重要なものは、交渉スキルである「交渉の重要性」だけでなく、「関係性の重要性」すなわち、双方の信頼関係の構築が重要とされています。「交渉の重要性」と「関係性の重要性」双方バランスよく進めると、売手側・買手側双方が「win-win」の関係で交渉がうまくいくというものです。これが「交渉の重要性」に片寄ると、自社が相手を打ち負かすことになり、逆に「関係性の重要性」を尊重すると、相手だけ優位となってしまいます。
 会社売却のためのトップ面談・交渉中になすべきポイントについて見ていきます。

トップ面談の際に留意すべき点

 M&Aにおける売却交渉のスタートであるトップ面談の際に忘れてならないことは、自社の目的やM&Aから受けるメリットだけでなく、相手側企業の視点に立って同じようにその目的やメリットに配慮することです。具体的には、売手側・買手側双方企業の目的やメリットの最高点と最低点を想定し、それらが重なり合う範囲で交渉を行うよう常に意識することです。冷静に自社と相手が各々重視している点が何かを認識し、それらをすり合わせながら妥協点を見出すことです。
 また、その他の留意点としては、面談時の身なりや言葉遣い、そして好意を持たれるような態度を心がけること。買手側では、自社の具体的内容を記した会社案内などのパンフレット類、積極的なプレゼン資料などを提示することも有効です。こうすると、自社を詳しく知ってもらうこともでき、どれほど売手側企業に関心があるかということもアピールできます。一方、売手側では買手側からの質問に対しては誠意をもって答えます。決して虚偽の内容や曖昧な内容の解答をしてはいけません。即答できない場合は、後日しっかりとした内容の解答をする旨を伝え、一両日中に解答します。そのためにも、事前にM&Aアドバイザーなどとともにすり合わせや想定問答をしておくことも大切です。

具体的な交渉に際して留意すべき点

 トップ面談後の具体的な交渉を進める中で買手側企業も絞り込まれてくるため、より具体的な内容が交渉対象になります。その最も重要なものが売買価格や売買条件です。売手側はできるだけ高い価格や有利な条件で売りたい、また、買手側ではできれば安く買いたいと考えます。
 そのため、これらの交渉に先立ち、売手側・買手側ともM&Aアドバイザーなどと協議し、希望売却価格や条件、そして希望買収価格の許容範囲などのすり合わせをしておく必要があります。
 また、実際に交渉を進めていく中で特に注意すべきことは、面談時同様、交渉上の態度です。あまり身構えすぎて固くなったり、逆にラフすぎてぞんざいな態度をとってしまうと、相手に悪い印象を与えてしまいます。中小企業のM&Aでもまれに「売ってやる」とか「買ってやる」といった横柄な態度をとる売手側・買手側企業トップがいますが、大手企業のM&Aはともかく中小企業では、ほとんどの場合、その時点で交渉決裂となってしまいます。やはり謙虚に、誠実な態度で、相手側企業の立場から売買価格その他の条件の提示を行うということも肝に命じておくことです。

 会社売却交渉の中でも特に重要なトップ面談・交渉時に留意すべき点としては、何といっても売手側・買手側企業双方における信頼関係の構築です。そのためには、謙虚な態度で、相手側の立場に配慮しつつ交渉を進めていくこと。そして必要に応じて、M&Aアドバイザーなどの仲介会社との事前の協議やすり合わせを行うことです。