M&Aによって企業を売却する場合、売手側企業では、自社の売却価格をいかに高くするかを考えるだけでなく、M&A後における買手側企業の将来における企業価値についても視野に入れなくてはなりません。そのため、売手側企業では、M&Aの際に開示すべき情報を事前に準備しておくことは、買手側企業への配慮からも当然必要なことです。
事前の準備には、相当な時間と労力を要しますが、M&Aの手続き、交渉を円滑に進め、最終的に有利な売却条件・売却価格を実現するためには、手を抜くことなく、実行することが必要です。
M&Aにおける事前の準備としては、「経営上の欠陥やリスクの治癒」、「経営資源の補完」、「シナジーのシミュレーション」、そして「事業計画の策定」などがあります。この「事業計画の策定」は、他の事前準備で得られたデータを十分活用した上で作成される自社の将来を予測する有用な資料となります。その後、本格的なM&Aに入った時点で、買手候補側の企業が、事業計画を策定する際、大いに参考になる資料です。
以下、M&Aにおける事業計画の策定を一般的な事業計画の策定と比較しながら見て行きます。
事業計画の策定
まず、一般的に策定される事業計画とはどのようなものか、その目的、内容、策定のプロセスなどを見ていきます。
事業計画の目的
事業計画は一般的には、事業内容、企業戦略、収益、利益などを予測して説明するものです。創業時、あるいは創業後の事業を継続するための資金調達時に策定されるものです。資金調達目的以外にも、事業計画の策定には、次のような活用方法があります。
- 自社の事業を客観的に検証し、経営上の問題点を洗い出し、対策を立てる場合。
- 売上、利益を予測し、あらかじめ節税対策を立てる場合。
- 新たな取引先、従業員の確保を目的とする場合。
事業計画の内容
創業資金や創業後の運転資金などを調達するため等の、一般的な事業計画に記載する項目としては、次のようなものがあります。
会社の概要
会社の設立年月日、創業時から現在までの事業の変遷など、会社の大まかなプロフィールを記載します。
経営理念・経営ビジョンなど
社是、社訓といった創業者から受け継がれている会社の経営についての根本原則である経営理念、そして経営理念を基にした会社の将来あるべき姿としての経営ビジョンを記します。
事業の概要
経営ビジョンを実現するための経営戦略を客観的数値をもって具体的に記します。
製品・商品・サービスなどの特徴
自社の製品、商品、サービスなど、経営資源の競争優位性などを事業戦略・競争戦略といった形で、より客観的・具体的に記しておきます。
経営環境
自社を取り巻く経営環境を外部、内部の面から分析し記載します。
仕入・販売・生産・マーケティングなど
仕入先、顧客、生産方法や生産管理、マーケティング戦略などを具体的に記載します。
売上予測・予測損益計算
上記の項目を参考にしながら、向こう3年から5年分の売上、損益計算を客観的に信ぴょう性ある数値で表します。
創業または運転資金
創業時または事業継続上必要な資金を、具体的数値で表しておきます。
事業計画の策定プロセス
環境分析・強みなどの把握。
自社を取り巻く外部環境、内部環境を SWOT分析、クロス SWOT分析などで検証し、経営上の強みなどを把握しておきます。
ポジショニングとビジネスモデルの策定
経営上の自社の位置付けと戦略の策定(全社戦略、事業戦略など)。アンゾフの成長ベクトルなどの有効なツールを活用するとよい。
M&Aにおける事業計画の策定
M&Aにおける事業計画の策定については、一般的な事業計画の策定と比較しながら見ていきます。目的の面では、一般的なものの場合、資金調達などが目的ですが、M&Aでは、将来のおける企業価値の最大化などが目的となります。記載内容では、資金項目は特に記載する必要はありませんが、売上、損益項目は企業価値といった視点から記載することが重要です。
策定の面では、事前準備の各ステップ(経営上の欠陥やリスクの治癒、経営資源の補完、シナジーのシミュレーション)で把握した数値を盛り込むプロセスが追加されます。
最後に、策定した事業計画を実効性のあるものにするためのポイントをあげておきます。
まず、「成長性」があるのかどうか、説得力のある「合理性」が見られるか。そして「実現性」はあるのかの3点です。